公務員試験ほど、10年前、20年前、30年前との様子が変わった試験はありません。
多くの受験生が高い意識と志を持っているので、憲法や経済学などは平気で満点を狙ってくる人も多いし、数的処理を中心とした教養科目もおおよそ得点戦略が備わっていると思います。人物試験対策も充実させているので採用まではかなりの接戦になっているはずです。
大学文系は30年前に埋没し、予備校は20年前に固まり、出版社やマスコミは10年前から進化できなくなったようです。
しかし、学生だけがびっくりするほど前進しています。
どうして情報を伝える側と受け取る側に差が出来てしまったのか?
1つは現在の10代、20代が気かつかない間に国際競争にさらされていることです。もちろん、官僚も役所職員も会社員も国際競争にさらされています。国際競争にさらされていないのは大学文系(教員)と予備校(経営者・講師)と出版社(マスコミ)だったのです。
2018年2月17日土曜日
2018年1月22日月曜日
記号としての「経済学」
手品というのは、種明かしをさせられると、観客はそれ以降はその種明かしの導線でしか手品が見えなくなります。つまり、手品を記号化という別の次元に落とすわけです。それを承知で巧妙な手品師は必ず種明かしを公表した後で、実は手品の中にもう1つのマジックを潜り込ませることによって、記号化をマジックへと再転化させます。
よくある学内試験用の経済学の問題で、問題文の中にまったく関係がない式や言葉を入れると、多くの受験生が初めて見た式や言葉につまづき、大きく正答率が下がるというものがあります。
実際に、まったく関係がない言葉や式なので解答には必要ないし無視すればよいのだけどそういった教育を受けてこなかったら最後まで悩んで試験時間は終了してしまうでしょう。こうした言葉の挿入、つまり「プラスの呪縛」で正答率をコントロールするのは男性的ですが、同様に、肝心な言葉をあえて省く、言葉の脱落という「マイナスの呪縛」があります。
「マイナスの呪縛」とは、その言葉を聞くと、それ以降はその言葉でしか見えなくなる、だからあえてその言葉は記述しない、まさに樋口一葉の世界観で、言葉を脱落させているから、そこに読者が言葉を埋めようとして社会性が産出されるのです。恋なんて一言も記述する必要はないのです。
実は、『らくらくマクロ』はケインズ経済学を語っているのに、1度も『ショートサイド原理』という言葉を記述していないのです。あえて、その言葉を意識的に脱落させることによって、無理やりショートサイド原理なんだと説得させることが、表現を豊かにさせました。
一見、へんな解き方をしている!?というように見えるところもありますが、ショートサイド原理を極力活かしているので辻褄が合うはずです。
よくある学内試験用の経済学の問題で、問題文の中にまったく関係がない式や言葉を入れると、多くの受験生が初めて見た式や言葉につまづき、大きく正答率が下がるというものがあります。
実際に、まったく関係がない言葉や式なので解答には必要ないし無視すればよいのだけどそういった教育を受けてこなかったら最後まで悩んで試験時間は終了してしまうでしょう。こうした言葉の挿入、つまり「プラスの呪縛」で正答率をコントロールするのは男性的ですが、同様に、肝心な言葉をあえて省く、言葉の脱落という「マイナスの呪縛」があります。
「マイナスの呪縛」とは、その言葉を聞くと、それ以降はその言葉でしか見えなくなる、だからあえてその言葉は記述しない、まさに樋口一葉の世界観で、言葉を脱落させているから、そこに読者が言葉を埋めようとして社会性が産出されるのです。恋なんて一言も記述する必要はないのです。
実は、『らくらくマクロ』はケインズ経済学を語っているのに、1度も『ショートサイド原理』という言葉を記述していないのです。あえて、その言葉を意識的に脱落させることによって、無理やりショートサイド原理なんだと説得させることが、表現を豊かにさせました。
一見、へんな解き方をしている!?というように見えるところもありますが、ショートサイド原理を極力活かしているので辻褄が合うはずです。
2017年12月14日木曜日
自分の姿をいかに隠すか?
予備校に行くと、ろくに仕事をしないのに「俺のポスターを作れ!」「俺のプロモーションビデオを作れ!」といった命令を出す自己顕示欲の塊のような講師に会うことがあります。自尊心を満足させるために講師業をやっているのでしょう。
しかもそういう人は、著作もあったりしますが、はたして、そういう人が作った作品は本当にオリジナルなのでしょうか?
日本には巨大な作家は少なくなりましたが、そうした歴史に残る巨匠の1人が私に言い残した言葉で、オリジナルを作っている人はまず、「どうやって自分の姿を隠すか?」「自分の存在をいかに消すか?」にこだわるという指導を受けました。
もちろんそれは、上記に示されるような自己顕示欲を満たすために表に出たがる人とは全くの真逆の行為です。
読んでわかりやすかった、ではダメなんです。
読んでいることを忘れる本が良いのです。
しかもそういう人は、著作もあったりしますが、はたして、そういう人が作った作品は本当にオリジナルなのでしょうか?
日本には巨大な作家は少なくなりましたが、そうした歴史に残る巨匠の1人が私に言い残した言葉で、オリジナルを作っている人はまず、「どうやって自分の姿を隠すか?」「自分の存在をいかに消すか?」にこだわるという指導を受けました。
もちろんそれは、上記に示されるような自己顕示欲を満たすために表に出たがる人とは全くの真逆の行為です。
読んでわかりやすかった、ではダメなんです。
読んでいることを忘れる本が良いのです。
2017年10月20日金曜日
ニューイヤーズイヴの第1次当落発表
昨日19日までがディズニーリゾート、ニューイヤーズイヴの第1次当落発表だったので、泣き笑いの人も多かったでしょう。
まだ、第2次抽選がありますので、諦めてはなりません!
ニューイヤーズイヴ、カウントダウンのシステムがずいぶん変わってしまって、以前はカウントダウン・チケットは31日20:00入場開始で、翌1日22:00まで利用できた、途中、ホテルなどで休んで何度も行ききしながら遊べ、一般の人も午前1時か2時くらいから入れたような気がします。
それがあの極寒の深夜早朝で外国からの観光客であれだけの人だかりですから、やむを得ず、システムを変えていったのかもしれませんね。本当に好きな人だけが集まるのなら、またそれはすばらしいはずです。
そして、ディズニーリゾート、葛西臨海公園どちらも初日の出は美しいです。
「らくらく~」の初版、2005年から2006年のカウントダウンのパンフです。
もちろん、Seaです。夢は実現します!
東京ディズニーランドの第1世代は、もう、おじいちゃんやおばあちゃんになって、孫と一緒に行く人もいるでしょうね。
まだ、第2次抽選がありますので、諦めてはなりません!
ニューイヤーズイヴ、カウントダウンのシステムがずいぶん変わってしまって、以前はカウントダウン・チケットは31日20:00入場開始で、翌1日22:00まで利用できた、途中、ホテルなどで休んで何度も行ききしながら遊べ、一般の人も午前1時か2時くらいから入れたような気がします。
それがあの極寒の深夜早朝で外国からの観光客であれだけの人だかりですから、やむを得ず、システムを変えていったのかもしれませんね。本当に好きな人だけが集まるのなら、またそれはすばらしいはずです。
そして、ディズニーリゾート、葛西臨海公園どちらも初日の出は美しいです。
「らくらく~」の初版、2005年から2006年のカウントダウンのパンフです。
もちろん、Seaです。夢は実現します!
東京ディズニーランドの第1世代は、もう、おじいちゃんやおばあちゃんになって、孫と一緒に行く人もいるでしょうね。
2017年10月13日金曜日
「らくらく~」の中国語版、英語版、そして計算科目(経済学、数的処理)がインテグラル型からモジュラー型へ
中国人留学生が経済学研究科への大学院入試の際、どんな教材を使っていたのか?これはかなり興味深いものがあります。
実際に出版社が中国語版(簡体、繁体)を正規に流通させているのか?それとも海賊版なのか?まったく不明な本があります。
「らくらく~」は日本語で書かれた正規のものを購入された留学生の方々に大勢お目にかかりましたが、中国語で書かれた海賊版も見ました。その留学生の持っている教材を確認したところ、大学院入試で必須の教材の多くはすでに中国語版(正規品?海賊版?)として存在しています。
「らくらく~」の英語版は、もう作ってあり、一部外国人用に使ってもいますが、時間があれば公開(Youtubeか適当なSNS使用予定)していきます。
すでに公開されている分は、閲覧者の50%がインドからのアクセスなので、広く納得してもらうためにはもう一工夫が必要と考えます。
日本の経済学がどこまで英米と闘えるか(逆輸入戦)?
ーー
今、アカデミックの日米欧協調路線が進んでいて、2000年代に入ってからアメリカの大学進学率に合わせて、日欧も進学率を上げているために、特に大学進学に価値を見出さない英国などでは少し問題にもなっていました。日本も意味のない大学全入時代で、Undergraduateのレベルはもはや高校の延長でしかありません。(今は大学で勉強もできるようになりましたが、不況時は大学生活のほとんどが就職活動で終わっていました。)
実は、この国際協調路線で、数的処理が1つの論点になっていて、日本、英、米、仏、独など各国であまりに算数に関する考え方、解き方、手法に差異がありすぎるということです。また、中国の算数への関心の低さ、インドやハンガリー系移民の高さも影響しています。
アメリカの数的処理はせいぜいSATのMathematicsで使う程度でしたが、最近は、日本のやり方を取り入れて、さまざまな解法テクニックが拡散し、さらに早く解く手法を研究している人も増えていて、就職試験の世界共通問題が完成しそうな勢いです(政府や企業が世界から優秀な人材を確保できる)。
計算科目(経済学、数的処理)のインテグラル型からモジュラー型への世界的な移行です。
実際に出版社が中国語版(簡体、繁体)を正規に流通させているのか?それとも海賊版なのか?まったく不明な本があります。
「らくらく~」は日本語で書かれた正規のものを購入された留学生の方々に大勢お目にかかりましたが、中国語で書かれた海賊版も見ました。その留学生の持っている教材を確認したところ、大学院入試で必須の教材の多くはすでに中国語版(正規品?海賊版?)として存在しています。
「らくらく~」の英語版は、もう作ってあり、一部外国人用に使ってもいますが、時間があれば公開(Youtubeか適当なSNS使用予定)していきます。
すでに公開されている分は、閲覧者の50%がインドからのアクセスなので、広く納得してもらうためにはもう一工夫が必要と考えます。
日本の経済学がどこまで英米と闘えるか(逆輸入戦)?
ーー
今、アカデミックの日米欧協調路線が進んでいて、2000年代に入ってからアメリカの大学進学率に合わせて、日欧も進学率を上げているために、特に大学進学に価値を見出さない英国などでは少し問題にもなっていました。日本も意味のない大学全入時代で、Undergraduateのレベルはもはや高校の延長でしかありません。(今は大学で勉強もできるようになりましたが、不況時は大学生活のほとんどが就職活動で終わっていました。)
実は、この国際協調路線で、数的処理が1つの論点になっていて、日本、英、米、仏、独など各国であまりに算数に関する考え方、解き方、手法に差異がありすぎるということです。また、中国の算数への関心の低さ、インドやハンガリー系移民の高さも影響しています。
アメリカの数的処理はせいぜいSATのMathematicsで使う程度でしたが、最近は、日本のやり方を取り入れて、さまざまな解法テクニックが拡散し、さらに早く解く手法を研究している人も増えていて、就職試験の世界共通問題が完成しそうな勢いです(政府や企業が世界から優秀な人材を確保できる)。
計算科目(経済学、数的処理)のインテグラル型からモジュラー型への世界的な移行です。
2017年10月5日木曜日
2017年9月15日金曜日
サイトの検索キーワードを調べたら、
社会科学全体に言えると思いますが、やはり大学や研究機関の「系譜」というものが明確にあるものですね。
最近、大学図書館で見つけた経済学の本を読んでいると著者が誰かなんて見なくても判別できる、やはり慶応の系譜はカラーが強いと感じます。現在の経済学の指導カリキュラムは荒憲次郎氏ら一橋大学で構築されたものが多いはずですが、それをコンパクトにして運営したのは慶応大学の貢献度が高く、試験に対応できる形にまで縮小させたのは、80年代ー90年代に慶応系であった大原や反骨精神が強かったTACの活躍によるものが大きかったはずです。
(当時の予備校講師の多くは今でも大学で教鞭をとっています。予備校は大学院生にとって良いバイト先だったかもしれませんね。今でも会うことがありますが、向こうは「先生!」と言ってくれるのですが、彼らの多くは結構、位が高い教授になっています。)
先月の当方のサイトの検索キーワードは、経済、慶応、公務員試験という順序でアクセスされていて、やはり、経済は慶応なのかと感じました。
「らくらく」を出版した週刊住宅の経営者は、出版時に三田会の幹事をされていました。
経済学というのは、10ページも読めば、その系譜がわかるものです。
例えば、私はマクロ経済学のテキストでは総需要、総供給を、
と右肩にD,Sを付しますが、これはどのような系譜、指導を受けてきた者なのかを暗示させています。実際に教員によって表示の仕方は全く異なります。(「らくらく」をパクった本が出回っていますが、そういう本の中には、こういう文字までパクるものまであります。)
45度線分析にしても、「らくらく」は輸入されたマクロ経済学を受験経済学用に加工されたものであって。それが正解!言うわけではなく、実際に経済学者はそれぞれの全員が異なったアプローチをしています。「らくらく」は短い方に優先権があるというショートサイド原理を基本として展開していますが、「セカンド・ベスト」の発想からもアプローチできます。
輸入されたマクロ経済学と言いましたが、それほど米国で勉強する経済学は教員によって記号もアプローチもバラバラです。しかしながら、系譜や理念はそのスクールでおおよそ合致しています。
公務員試験の指導以外では、2種類の財を、
X1財、X2財としています。公務員試験ではX財、Y財が一般的なので、この部分だけは作り変えています。
最近、ようやく公務員試験でもX1財、X2財も登場してくるようになりました。個人的にはこちらの方が使い勝手が良いように感じます(3種類(X財、Y財、Z財)以上の財でも扱えるからです)。

------------------
経済学の試験(国家公務員)は、日米共通の英語での出題で良いと感じています。
帰国組や留学組にとって、経済学は受験しやすい科目なのですから。
最近、大学図書館で見つけた経済学の本を読んでいると著者が誰かなんて見なくても判別できる、やはり慶応の系譜はカラーが強いと感じます。現在の経済学の指導カリキュラムは荒憲次郎氏ら一橋大学で構築されたものが多いはずですが、それをコンパクトにして運営したのは慶応大学の貢献度が高く、試験に対応できる形にまで縮小させたのは、80年代ー90年代に慶応系であった大原や反骨精神が強かったTACの活躍によるものが大きかったはずです。
(当時の予備校講師の多くは今でも大学で教鞭をとっています。予備校は大学院生にとって良いバイト先だったかもしれませんね。今でも会うことがありますが、向こうは「先生!」と言ってくれるのですが、彼らの多くは結構、位が高い教授になっています。)
先月の当方のサイトの検索キーワードは、経済、慶応、公務員試験という順序でアクセスされていて、やはり、経済は慶応なのかと感じました。
「らくらく」を出版した週刊住宅の経営者は、出版時に三田会の幹事をされていました。
経済学というのは、10ページも読めば、その系譜がわかるものです。
例えば、私はマクロ経済学のテキストでは総需要、総供給を、
と右肩にD,Sを付しますが、これはどのような系譜、指導を受けてきた者なのかを暗示させています。実際に教員によって表示の仕方は全く異なります。(「らくらく」をパクった本が出回っていますが、そういう本の中には、こういう文字までパクるものまであります。)
45度線分析にしても、「らくらく」は輸入されたマクロ経済学を受験経済学用に加工されたものであって。それが正解!言うわけではなく、実際に経済学者はそれぞれの全員が異なったアプローチをしています。「らくらく」は短い方に優先権があるというショートサイド原理を基本として展開していますが、「セカンド・ベスト」の発想からもアプローチできます。
輸入されたマクロ経済学と言いましたが、それほど米国で勉強する経済学は教員によって記号もアプローチもバラバラです。しかしながら、系譜や理念はそのスクールでおおよそ合致しています。
公務員試験の指導以外では、2種類の財を、
X1財、X2財としています。公務員試験ではX財、Y財が一般的なので、この部分だけは作り変えています。
最近、ようやく公務員試験でもX1財、X2財も登場してくるようになりました。個人的にはこちらの方が使い勝手が良いように感じます(3種類(X財、Y財、Z財)以上の財でも扱えるからです)。

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経済学の試験(国家公務員)は、日米共通の英語での出題で良いと感じています。
帰国組や留学組にとって、経済学は受験しやすい科目なのですから。
2017年9月8日金曜日
らくらく経済学入門・校了
「らくらく」の最後の作業は、「夢」を吹き込むことです。
公務員試験の試験シーズンが始めると、受験生は修羅場と化し、毎日、落ち込んだり、泣いて腫れた目で面接に臨むこともあり、それが途切れることなく続く日々を迎えます。そんな過酷な状況でも勉強したり、資料まとめたり、履歴書を書いたりしなければなりません。
周囲は応援するしか術はないけれど、逆に足をひっぱる人も多く現れます。一緒に勉強していた人の中には脱落したり、民間に乗り換え、ちょっと孤独になることもあるでしょう。
その暗闇から突破する力はやはり、最初に抱いた「夢」しかなく、それが課せられたresponsibilityなんです。
「辛い!」と思ったら、それは合格・採用に近づいている証拠です。
公務員試験の試験シーズンが始めると、受験生は修羅場と化し、毎日、落ち込んだり、泣いて腫れた目で面接に臨むこともあり、それが途切れることなく続く日々を迎えます。そんな過酷な状況でも勉強したり、資料まとめたり、履歴書を書いたりしなければなりません。
周囲は応援するしか術はないけれど、逆に足をひっぱる人も多く現れます。一緒に勉強していた人の中には脱落したり、民間に乗り換え、ちょっと孤独になることもあるでしょう。
その暗闇から突破する力はやはり、最初に抱いた「夢」しかなく、それが課せられたresponsibilityなんです。
「辛い!」と思ったら、それは合格・採用に近づいている証拠です。
2017年9月1日金曜日
『らくらく経済学入門』入稿完了。9月末に販売へ
9月末には販売できると思います。
らくらく創刊から11年分の原稿と、20年間の受講生の質問のデータなどを久しぶりに見直す良い機会にもなりました。
さすがに11年にもなると、世間では「この問題はこの公式で解くんだ!」という一種の公式のように固定化された解法テクニックになったものがありますが、実際には私と受験生の間で、「こうしたらどうか?」「それがダメならこういった解き方でも可能じゃないか?」と試行錯誤しながら、作り出したものが多くあります(経済学の公式ではない)。
言葉というのは、今では「国語」のような人工語が世界的に一般的に使われていますが、もともとは家族の中で産出されるものです。または、マルクス=エンゲルスやドゥルーズ=ガタリのように複数人の語りから産出されるというものもあります(これは拍手の原理で、片方の手では音が出ないが、両手をたたくことに音を発する=言葉ができる)。
そこに、人工的でなく、何かを要約したものや刷りなおしたものでもなく、本物の活き活きとした原液に近い言葉が存在します。
改めて、私と受験生との間で、数学や経済学を通じて家族としての繋がりがあったということを自覚しました。
信念を貫き通した人の記憶が刻まれています。本当にありがとうございました。
らくらく創刊から11年分の原稿と、20年間の受講生の質問のデータなどを久しぶりに見直す良い機会にもなりました。
さすがに11年にもなると、世間では「この問題はこの公式で解くんだ!」という一種の公式のように固定化された解法テクニックになったものがありますが、実際には私と受験生の間で、「こうしたらどうか?」「それがダメならこういった解き方でも可能じゃないか?」と試行錯誤しながら、作り出したものが多くあります(経済学の公式ではない)。
言葉というのは、今では「国語」のような人工語が世界的に一般的に使われていますが、もともとは家族の中で産出されるものです。または、マルクス=エンゲルスやドゥルーズ=ガタリのように複数人の語りから産出されるというものもあります(これは拍手の原理で、片方の手では音が出ないが、両手をたたくことに音を発する=言葉ができる)。
そこに、人工的でなく、何かを要約したものや刷りなおしたものでもなく、本物の活き活きとした原液に近い言葉が存在します。
改めて、私と受験生との間で、数学や経済学を通じて家族としての繋がりがあったということを自覚しました。
信念を貫き通した人の記憶が刻まれています。本当にありがとうございました。
2017年5月18日木曜日
1冊の本をつくるのに時間がかかる
私の場合、adobeのソフトを熟知しているので、経済学の問題や解説の作成自体には全く時間がかかりません。それなら、独自で制作・販売した方が速いわけです。(もちろん、その方が儲けも独り占めできます。)
これが出版社や印刷会社を通して、ビジネスにするとかなり時間がかかり、1日でできるものでも、それが世の中に出るのには数か月要するのです。しかも、そこから収益を得るにはさらに時間がかかります。
しかしながら、どちらも長所短所があります。結局、やはり志が熟成されたものや、多くの人を納得させながら進めた仕事の方が長期的には支持されるという確信もあります。
「本」はめくるという動作が非常に重要で、ここに本と対峙する人間の世界が一定の作業に支えられていることを納得させられます。
村上春樹の小説で、この「ページをめくる」という作業がないと、小説そのもののパワーを半減させてしまうことに気が付く人も多いでしょう。
これが出版社や印刷会社を通して、ビジネスにするとかなり時間がかかり、1日でできるものでも、それが世の中に出るのには数か月要するのです。しかも、そこから収益を得るにはさらに時間がかかります。
しかしながら、どちらも長所短所があります。結局、やはり志が熟成されたものや、多くの人を納得させながら進めた仕事の方が長期的には支持されるという確信もあります。
「本」はめくるという動作が非常に重要で、ここに本と対峙する人間の世界が一定の作業に支えられていることを納得させられます。
村上春樹の小説で、この「ページをめくる」という作業がないと、小説そのもののパワーを半減させてしまうことに気が付く人も多いでしょう。
2017年5月5日金曜日
らくらく宅建塾
週刊住宅新聞の主力商品と言えば、「らくらく宅建塾」だと思うのですが、新聞記事にはそれが出ていないし不思議だと思ったら、すでに別会社(著者の会社)に移行していました。
「らくらく宅建塾」 出版社:宅建学院
https://www.amazon.co.jp/2017/dp/4909084010/ref=dp_ob_title_bk
この本の表紙があまりにインパクトがあって、まさに資格試験の代表格のような存在で書店に並んでいたんです。今は、結構落ち着いた表紙のようです。
twitter利用のトランプ大統領は、マスコミを通じることなく、国民へは自分から直接、報告するということを示唆していました。確かにそれが可能なネット環境になってきています。
同様に、著者が出版社を通さないで自分で出版できるような環境になってきていることもいえますね。個人的には、基本書のような場合は、中間に出版社が入って編集や営業など専門家集団が入ることについては否定しません。ただし、レジュメのようなものはダイレクトに配布できた方が良いでしょう。
らくらく経済学入門の行方ですが、自分で出版するというのも選択肢の1つですが、真に読者を第一に考えるような出版社があれば、そこに移行することになると思います。
「らくらく宅建塾」 出版社:宅建学院
https://www.amazon.co.jp/2017/dp/4909084010/ref=dp_ob_title_bk
この本の表紙があまりにインパクトがあって、まさに資格試験の代表格のような存在で書店に並んでいたんです。今は、結構落ち着いた表紙のようです。
twitter利用のトランプ大統領は、マスコミを通じることなく、国民へは自分から直接、報告するということを示唆していました。確かにそれが可能なネット環境になってきています。
同様に、著者が出版社を通さないで自分で出版できるような環境になってきていることもいえますね。個人的には、基本書のような場合は、中間に出版社が入って編集や営業など専門家集団が入ることについては否定しません。ただし、レジュメのようなものはダイレクトに配布できた方が良いでしょう。
らくらく経済学入門の行方ですが、自分で出版するというのも選択肢の1つですが、真に読者を第一に考えるような出版社があれば、そこに移行することになると思います。
2017年5月4日木曜日
週刊住宅新聞と資格図書
なぜ不動産専門誌が資格図書を?と現在の受験生には少し疑問があるはずです。
日本経済が成長していた90年代まで、「資格」の代表は宅建でした。宅建は年間・万単位で需要があるのでこれを軸に予備校や出版社が利益計画を行っていたのです。
もう1つが「簿記」です。PCソフト会計世代にはピンと来ないと思いますが、これも手作業で事務を行っていた時代には欠かせない必須の資格でした。
なぜ週刊住宅に「経済学」が?というものも、90年代に人気があった資格、不動産鑑定士2次試験の勝負科目が「経済学」だったからです。
この不動産鑑定士試験は、受験期間が長かった司法試験受験生が収入確保のために受験する人が多く、また宅建合格者はもちろん、司法書士合格者も受験するケースが多かったので、予備校としては営業しやすい分野でもありました。
今の資格試験図書や予備校が直面している状況はアメリカでも同様です。
アメリカには90年代まで秘書育成の短大が各地にありました。(地方では、この学校に行けば、ブラインドタッチでタイプライターが打てるようになれるというCMがよく流れていました。) それがパソコン世代に代わり、姿を消したものや、時代に合せて変化したものが見られます。
今、チアは日本が強いようですが、アメリカが強かった時代はチアの強豪校と僻地の短大の広告活動はかなり密接な関係を持っている場合がありました。この僻地の短大というのは日本で言えば実技資格の予備校や商業高校に近い、秘書育成の学校です(もちろん、そこから4年生大学に編入する人も多くいます)。
しかし、今では、かつては政治力が強かったチアの強豪校ですら10年以上チアのサイトが止まっているところもあります。逆に中国人留学生を集めようとフロントページが中華色に変化しているものもあります。
僻地にとって、学校経営は唯一のビジネスなのです。
日本経済が成長していた90年代まで、「資格」の代表は宅建でした。宅建は年間・万単位で需要があるのでこれを軸に予備校や出版社が利益計画を行っていたのです。
もう1つが「簿記」です。PCソフト会計世代にはピンと来ないと思いますが、これも手作業で事務を行っていた時代には欠かせない必須の資格でした。
なぜ週刊住宅に「経済学」が?というものも、90年代に人気があった資格、不動産鑑定士2次試験の勝負科目が「経済学」だったからです。
この不動産鑑定士試験は、受験期間が長かった司法試験受験生が収入確保のために受験する人が多く、また宅建合格者はもちろん、司法書士合格者も受験するケースが多かったので、予備校としては営業しやすい分野でもありました。
今の資格試験図書や予備校が直面している状況はアメリカでも同様です。
アメリカには90年代まで秘書育成の短大が各地にありました。(地方では、この学校に行けば、ブラインドタッチでタイプライターが打てるようになれるというCMがよく流れていました。) それがパソコン世代に代わり、姿を消したものや、時代に合せて変化したものが見られます。
今、チアは日本が強いようですが、アメリカが強かった時代はチアの強豪校と僻地の短大の広告活動はかなり密接な関係を持っている場合がありました。この僻地の短大というのは日本で言えば実技資格の予備校や商業高校に近い、秘書育成の学校です(もちろん、そこから4年生大学に編入する人も多くいます)。
しかし、今では、かつては政治力が強かったチアの強豪校ですら10年以上チアのサイトが止まっているところもあります。逆に中国人留学生を集めようとフロントページが中華色に変化しているものもあります。
僻地にとって、学校経営は唯一のビジネスなのです。
2017年5月3日水曜日
秋保先生(社労士)のFBを読み、現実に直面しました。
秋保雅男のうかるぞ社労士
https://www.facebook.com/akihosharosi/
予備校時代、そして週刊住宅とあまり面識がないまま同じ道を歩んでいる社労士の秋保先生、そのFBを読むと、すでに週刊住宅の方々との話し合いを行い、今後の方向性も明らかにしています。
昨日、読者の方からメールで週刊住宅の事業停止をきかされ、全くの寝耳に水の状態でした。らくらく経済学入門シリーズは書店にある分は購入可能です。それ以降は現時点では、何とも回答が出せない状況です。
当方と週刊住宅新聞社は出版のみの関係でその他の提携は無く、このサイトの活動については何ら変更はありません。
茂木喜久雄著の本(現在、全冊、流通が止まっていると思われます)
http://www.honyaclub.com/shop/goods/search.aspx?search.x=true&cat_p=00&aut_n=%96%ce%96%d8%8a%ec%8bv%97Y
https://www.facebook.com/akihosharosi/
予備校時代、そして週刊住宅とあまり面識がないまま同じ道を歩んでいる社労士の秋保先生、そのFBを読むと、すでに週刊住宅の方々との話し合いを行い、今後の方向性も明らかにしています。
昨日、読者の方からメールで週刊住宅の事業停止をきかされ、全くの寝耳に水の状態でした。らくらく経済学入門シリーズは書店にある分は購入可能です。それ以降は現時点では、何とも回答が出せない状況です。
当方と週刊住宅新聞社は出版のみの関係でその他の提携は無く、このサイトの活動については何ら変更はありません。
茂木喜久雄著の本(現在、全冊、流通が止まっていると思われます)
http://www.honyaclub.com/shop/goods/search.aspx?search.x=true&cat_p=00&aut_n=%96%ce%96%d8%8a%ec%8bv%97Y
2017年1月29日日曜日
「作品」はどこから産出されるか?
大学生が読む思想家の著作には、マルクス=エンゲルス、ドゥルーズ=ガタリ、ネグり=ハートのような2人の共著があります。
これは1人の人間が描く世界感ではなく、2人の間、つまり安定性ない状況の中から作品が孕むと考えても良いでしょう。(ゲーム論的には3人、三角形構造になれば安定しますが)
同じ作家業でも、最適な言語を見つけるような翻訳業は共同作業が難しい仕事の1つであり、完成度が高くてもなかなか評価されません。
しかし、最適な言語を見つけるわけでもない思想書が2人の共著がうまくいくにはいろいろな理由もあります。
----------
日本はモノづくりの国であるが、もともとモノづくりをする人の多くは自尊心を満足するためにやっているので、共同でやったり、手伝ったりすることが苦手な人がいて、どういったプロセスで力を合わせて完成させていくのか、そのマネジメントが極めて難しく、企業の頭痛の種でもあります。
そう考えると、2人の巨匠が協同で作業をするとなるとその自尊心のぶつかり合いの激しさを増すように思われますが、実は、そのレベルに達するとすでに「言論」の領域を超えるので、ほとんど凌ぎはなくなると思われます。
不安定であって、伝えたいことがあるけど、それに該当する適切な言語が存在しない。
そこで、ようやく伝えるためにモノを作ったり、何らかのパフォーマンスをするわけです。
モノをつくるために、モノを作る。こうした二重構造(二重創作性)があることも言えるでしょう。
つまり、2人での共著というのは、そこには言語化させていない多くの財が交換されているのです。これは、夫婦や家族間で交換される財も同様で、そこをいかに読むかがまた楽しみの1つでもあります。
人類は言語を習得する前に、数を数えたり、算術的な発想を持っていたと言われているので、突き詰めれば、今後さらに、思想も数学的な道へと入っていくと思われます。
数字は無限にあり、見えて認識できるのはほんの一部に過ぎません。
これは1人の人間が描く世界感ではなく、2人の間、つまり安定性ない状況の中から作品が孕むと考えても良いでしょう。(ゲーム論的には3人、三角形構造になれば安定しますが)
同じ作家業でも、最適な言語を見つけるような翻訳業は共同作業が難しい仕事の1つであり、完成度が高くてもなかなか評価されません。
しかし、最適な言語を見つけるわけでもない思想書が2人の共著がうまくいくにはいろいろな理由もあります。
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日本はモノづくりの国であるが、もともとモノづくりをする人の多くは自尊心を満足するためにやっているので、共同でやったり、手伝ったりすることが苦手な人がいて、どういったプロセスで力を合わせて完成させていくのか、そのマネジメントが極めて難しく、企業の頭痛の種でもあります。
そう考えると、2人の巨匠が協同で作業をするとなるとその自尊心のぶつかり合いの激しさを増すように思われますが、実は、そのレベルに達するとすでに「言論」の領域を超えるので、ほとんど凌ぎはなくなると思われます。
不安定であって、伝えたいことがあるけど、それに該当する適切な言語が存在しない。
そこで、ようやく伝えるためにモノを作ったり、何らかのパフォーマンスをするわけです。
モノをつくるために、モノを作る。こうした二重構造(二重創作性)があることも言えるでしょう。
つまり、2人での共著というのは、そこには言語化させていない多くの財が交換されているのです。これは、夫婦や家族間で交換される財も同様で、そこをいかに読むかがまた楽しみの1つでもあります。
人類は言語を習得する前に、数を数えたり、算術的な発想を持っていたと言われているので、突き詰めれば、今後さらに、思想も数学的な道へと入っていくと思われます。
数字は無限にあり、見えて認識できるのはほんの一部に過ぎません。
2016年12月7日水曜日
『らくらく』はディズニーシーで原稿を書いたわけですが…
『らくらく』はディズニーシーで原稿を書き終えたという話を以前しました。
その時の『らくらく』の原稿
当時の記録を見ると、ディズニーシー以外でも、いろいろなパワースポットに知らない間に足を運んでいたようです。その1つが大久保『くろがね』でした。
2016年11月6日日曜日
Twitter と文芸批評、創作
文芸批評という分野はまったく流行らなくなったので、現在のメディアが新しい分野への「開拓」という路線はほぼ失っています。
それでも、Twitter 等のような表現手法は常に増産されてはいます。
このSNSをみればわかるように、同じネタの繰り返し、以前のネタが再来することによって維持されています。(そこがTwitterの面白いと思えない理由)
もともと「新しいもの」を創作しても、それが「新しい」と認識できる人間が少なければ何も価値がなく、現在では「新しいもの」を認識させることとその人の資本力やブランド力などのビジネスと結びついています。
通常、認識可能な「新しいもの」というのは、実は「組み合わせ」であって、既存のものをとりあえずバラバラにして、別の組み合わせるにする。
その組み合わせも極端な方が良いわけです。たとえば、可愛い女の子と軍服、重圧の環境で食べる軽いスナック菓子など。
大柄の男が軍服を見ても図版としても認識は低いけれど、可愛い女の子と軍服では組み合わせた際のその距離感が大きいので、人間の視覚はその実態ではなく距離感の方に力点があることがわかるはずです。(その距離感を修正しようするために必要のない思考が機能してしまう-人間の脳が言語的な収束よりも先に、算術的な処理が行われているのです。)
学生の面接では、実体験に基づいた話をした方が望ましいというのは、実体験の場合は元ネタがないからです。
逆に、決まり文句みたいなキレイごとには必ず元ネタがあって、それは何度もも繰り返し刷られたものなので、ある程度の読書家にはその言葉がどこから来たものなのか、ルーツがわかってしまうのです。
特に人事担当者であれば、旅行と読書がセットになるので、地理とネタの宝庫のような人材が多いのです。(そこらの旅行会社の社員より人事官僚と話をした方が旅行の話が豊富に聞けます)
元ネタがわかるものは、距離感を失い、自己の記憶よりも稚拙と認識されるはずです。
それでも、Twitter 等のような表現手法は常に増産されてはいます。
このSNSをみればわかるように、同じネタの繰り返し、以前のネタが再来することによって維持されています。(そこがTwitterの面白いと思えない理由)
もともと「新しいもの」を創作しても、それが「新しい」と認識できる人間が少なければ何も価値がなく、現在では「新しいもの」を認識させることとその人の資本力やブランド力などのビジネスと結びついています。
通常、認識可能な「新しいもの」というのは、実は「組み合わせ」であって、既存のものをとりあえずバラバラにして、別の組み合わせるにする。
その組み合わせも極端な方が良いわけです。たとえば、可愛い女の子と軍服、重圧の環境で食べる軽いスナック菓子など。
大柄の男が軍服を見ても図版としても認識は低いけれど、可愛い女の子と軍服では組み合わせた際のその距離感が大きいので、人間の視覚はその実態ではなく距離感の方に力点があることがわかるはずです。(その距離感を修正しようするために必要のない思考が機能してしまう-人間の脳が言語的な収束よりも先に、算術的な処理が行われているのです。)
学生の面接では、実体験に基づいた話をした方が望ましいというのは、実体験の場合は元ネタがないからです。
逆に、決まり文句みたいなキレイごとには必ず元ネタがあって、それは何度もも繰り返し刷られたものなので、ある程度の読書家にはその言葉がどこから来たものなのか、ルーツがわかってしまうのです。
特に人事担当者であれば、旅行と読書がセットになるので、地理とネタの宝庫のような人材が多いのです。(そこらの旅行会社の社員より人事官僚と話をした方が旅行の話が豊富に聞けます)
元ネタがわかるものは、距離感を失い、自己の記憶よりも稚拙と認識されるはずです。
2016年9月15日木曜日
予備校の黄金時代
「らくらく経済学入門」は、週刊住宅新聞社という出版社からでています。
この出版社は以前は高田馬場にあって、同じく高田馬場にあった当時、某大手予備校の(元)人気講師の本を主に出版しています。
今とは時代が異なり、資格試験関連の予備校の黄金時代で、ライブ講義で普通に1教室300人超集めていましたから、いかに同じ時間を大勢で共有していたのかわかります。
司法試験講座には神様とまで呼ばれたスーパースター講師がいました。
その講師以外で300人教室を瞬間蒸発で満員にできるのは、自分しかいないはずだと自信を持っていたのですが、実は私以上に黒山の人だかりの講師がいて、誰だ!と思ったら、社労士講座の秋保先生でした。
質問の順番待ちで並ぶ受講生の長蛇の行列が忘れられない。
秋保雅男
そこの予備校は、全盛期には宅建講座には万単位の数の受講生がいて、講師もかなり高い水準の人が多かったようです。
優秀な講師は司法試験にすぐに合格してしまっていなくなり、入れ替わる講師もまた翌年には司法試験に合格確実のような人がすぐに見つかるほど人材も豊富な時代があったのです。
その優秀な講師陣として、
宅建学院
現在は名前は出していないようですが、宅建の受験本では最も有名な人です。
週刊住宅新聞社の屋台骨かも。
宅建の講師は、かなり多彩で、ナニワ金融道の青木雄二先生もそこの宅建の講師でした。
青木雄二
三栄書房
その他、実務界であった大物の中で「若い時にあそこで宅建の講師をしていた」という人に何人かあったことがあります。特に弁護士の人は多いでしょう。
資格用の予備校ができる前は、司法試験の受験生はガードマンなどのアルバイトをしていたというのが一般的でしたが、この時代では「宅建の講師」や不動産鑑定士などへと代わっていきました。
宅建講座に関して、正攻法ではとても勝てないので他の予備校のユニークな講座も目立った時でもあります。
最後に、自分のも載せておきますか(笑)
茂木喜久雄
週刊住宅新聞社
こんな顔ぶれです。
それに今も現役の司法試験のカリスマ(神様)講師を加えてみてください。
現在の学生諸君は、
こんな予備校があったら、行ってみたくなりますかね?
今の状況に譬えると、ポケモンGOで公園に集まるようなものだと想定してみるとわかりやすいかもしれません。
ちなみに、その出版社の人や編集者、デザイナー、予備校の講師などであふれていた店も、やはり高田馬場の近くにあります。(当時は高田馬場駅前の芳林堂書店が入っているビルの地下にありました。)
最近も行くことがありますが、やはりいかにもクリエイターの人は見当たらなくなりました(笑)。
新宿ゴールデン街や神保町にもクリエイターみたいな人がたくさんいますが、それぞれ少し方向性は異なります。
この出版社は以前は高田馬場にあって、同じく高田馬場にあった当時、某大手予備校の(元)人気講師の本を主に出版しています。
今とは時代が異なり、資格試験関連の予備校の黄金時代で、ライブ講義で普通に1教室300人超集めていましたから、いかに同じ時間を大勢で共有していたのかわかります。
司法試験講座には神様とまで呼ばれたスーパースター講師がいました。
その講師以外で300人教室を瞬間蒸発で満員にできるのは、自分しかいないはずだと自信を持っていたのですが、実は私以上に黒山の人だかりの講師がいて、誰だ!と思ったら、社労士講座の秋保先生でした。
質問の順番待ちで並ぶ受講生の長蛇の行列が忘れられない。
秋保雅男
週刊住宅新聞社
そこの予備校は、全盛期には宅建講座には万単位の数の受講生がいて、講師もかなり高い水準の人が多かったようです。
優秀な講師は司法試験にすぐに合格してしまっていなくなり、入れ替わる講師もまた翌年には司法試験に合格確実のような人がすぐに見つかるほど人材も豊富な時代があったのです。
その優秀な講師陣として、
宅建学院
現在は名前は出していないようですが、宅建の受験本では最も有名な人です。
週刊住宅新聞社の屋台骨かも。
宅建の講師は、かなり多彩で、ナニワ金融道の青木雄二先生もそこの宅建の講師でした。
青木雄二
三栄書房
その他、実務界であった大物の中で「若い時にあそこで宅建の講師をしていた」という人に何人かあったことがあります。特に弁護士の人は多いでしょう。
資格用の予備校ができる前は、司法試験の受験生はガードマンなどのアルバイトをしていたというのが一般的でしたが、この時代では「宅建の講師」や不動産鑑定士などへと代わっていきました。
宅建講座に関して、正攻法ではとても勝てないので他の予備校のユニークな講座も目立った時でもあります。
最後に、自分のも載せておきますか(笑)
茂木喜久雄
週刊住宅新聞社
こんな顔ぶれです。
それに今も現役の司法試験のカリスマ(神様)講師を加えてみてください。
現在の学生諸君は、
こんな予備校があったら、行ってみたくなりますかね?
今の状況に譬えると、ポケモンGOで公園に集まるようなものだと想定してみるとわかりやすいかもしれません。
ちなみに、その出版社の人や編集者、デザイナー、予備校の講師などであふれていた店も、やはり高田馬場の近くにあります。(当時は高田馬場駅前の芳林堂書店が入っているビルの地下にありました。)
最近も行くことがありますが、やはりいかにもクリエイターの人は見当たらなくなりました(笑)。
新宿ゴールデン街や神保町にもクリエイターみたいな人がたくさんいますが、それぞれ少し方向性は異なります。
2016年4月27日水曜日
どうして本が売れなくなったのか?
①2000年のアマゾンの日本オープンの影響で古本やマイナー本が活性化した。同時に対面販売がピンチになりました。
②しかし、アマゾン1社だけが売れるという偏りは悪影響を及ぼす結果になります。消費者が気軽に書けるプレビューではステマや業務妨害、バッシングが露骨に行われ、自画自賛や他人のバッシングが好きな人は少数なので、結局、多くの読者は古本やマイナー本以外ではアマゾンに近づかなくなっていき、書籍市場そのものを縮小させることになったはずです。
もちろん、現在の「アマゾン1位」はほとんど意味はありません。
何もかも裸にされる時代なので、いずれは匿名性は解除されるはずです。
完読できない本や役に立たない本を広告の力で売るのは本来のマーケティングではなく、それはあまりに生産者側の一方的な見方です。製作面ではなく営業面にシフトした段階で誤った方向に進んでしまうわけです。
アマゾンとしても、今は本以外の販売に力点を移行してしまっていますが。
③この時点で対面販売が再度逆転できるかと言えば、大学生協以外はなかなか苦戦が継続するような状況が続いていると思われます。
大学生協の割引はやはり大きい。
④書籍の基本を忘れてしまった販売者。
一昨年まで、スマホのゲームが大流行りでしたが、ゲームそのものはどうってことがないパズルです。しかし、それを大勢でコミュニケーションをとりながらするのが楽しかったんです。
スマホゲームはただのツールで、実際にそこから生まれる「社会」が重要。
利益追求まるだしの書籍からは、「社会」は創出できない、もう一度、出版社は読者がみんなでワイワイと本と楽しめた時代を思い出すべきです。書籍が「文化」であった時代です。
②しかし、アマゾン1社だけが売れるという偏りは悪影響を及ぼす結果になります。消費者が気軽に書けるプレビューではステマや業務妨害、バッシングが露骨に行われ、自画自賛や他人のバッシングが好きな人は少数なので、結局、多くの読者は古本やマイナー本以外ではアマゾンに近づかなくなっていき、書籍市場そのものを縮小させることになったはずです。
もちろん、現在の「アマゾン1位」はほとんど意味はありません。
何もかも裸にされる時代なので、いずれは匿名性は解除されるはずです。
完読できない本や役に立たない本を広告の力で売るのは本来のマーケティングではなく、それはあまりに生産者側の一方的な見方です。製作面ではなく営業面にシフトした段階で誤った方向に進んでしまうわけです。
アマゾンとしても、今は本以外の販売に力点を移行してしまっていますが。
③この時点で対面販売が再度逆転できるかと言えば、大学生協以外はなかなか苦戦が継続するような状況が続いていると思われます。
大学生協の割引はやはり大きい。
④書籍の基本を忘れてしまった販売者。
一昨年まで、スマホのゲームが大流行りでしたが、ゲームそのものはどうってことがないパズルです。しかし、それを大勢でコミュニケーションをとりながらするのが楽しかったんです。
スマホゲームはただのツールで、実際にそこから生まれる「社会」が重要。
利益追求まるだしの書籍からは、「社会」は創出できない、もう一度、出版社は読者がみんなでワイワイと本と楽しめた時代を思い出すべきです。書籍が「文化」であった時代です。
2016年2月18日木曜日
教育の動画がたくさんあった。
以前は興味が無かった予備校等のyoutubeの教育関係の動画を昨日、少だけ見ました。
結論としては、やはり面白くなかったです。(まもなく記憶から消えるはずです。)
基本的に、リハーサルして、何を教えるのか事前に準備して、それを披露するだけのものはつまらないはずです。リアルなものを感じません。だから、次に何が起きるのかわからないニコ生やツイキャスなどに視聴者を奪われてしまいました。
例えば、問題を解くのなら、準備をしないで、いきなり、解いてみせて、教師が計算につまずいたり、間違ったりしている姿を見せなくてはなりません。そして、どれくらいの時間でできるのかを示し、実際の試験会場で何をするのかを指導する必要があります。それがリアルなものです。もちろん、教師が主役であってはなりません。
確かに、人が真剣にやっている姿は他人からは滑稽にみえます。たけど、それは他人にその人のリアルな姿を見せることに成功したので、勝ちなんです。
この発想をもとにすれば、
本は、立派なことが書いているのもではなく、他人に読ませたものが良いものなんです。
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