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2018年2月11日日曜日

実務教育出版 スー過去『ミクロ経済学』『マクロ経済学』

 さすがにここは『らくらく~』陣営のサイトなので、らくらくミクロ、マクロ、計算をやっている人たちばかりのはずですが、すでにミクロ、マクロ、計算を終えて、時間的に余裕がある人がやる本があるとしたら、それはスー過去『ミクロ経済学』『マクロ経済学』だけです。

 なぜなのか?理由は簡単なことで、公務員試験というのは、『母数』に支配された試験だからです。

 『らくらく~』から勉強する人は、あらかじめ、ある程度の合格するために必要な情報を持っていて、当たり前のように合格・採用を目指している人たちのはずです。もちろん、満点を目標にしていると思います。

経済学の売り上げランキング(日販)

しかし、母数を見ると、公務員試験という全体の人数では、勉強の手順や情報量に関係なく、スー過去を買った人の割合が多いということです。だからなんなの?と言われるかもしれませんが、試験が始まって採用まで、母数に泣き、母数に笑うことになるのがこの試験なのです。

 母数というのは、さまざまな場面でこれから考える必要がでてきますが、過去問の類題が出題されたときに、それをどのような手法を解答するのかまで母数に支配されているのです(奇をてらった特殊なことをする必要ないし、出題者側もそれを望んではいません)。
 経済学の得点者層の分母がスー過去とらくらくで占められるのなら、勝負どころは見えるはずです。

2018年1月22日月曜日

記号としての「経済学」

 手品というのは、種明かしをさせられると、観客はそれ以降はその種明かしの導線でしか手品が見えなくなります。つまり、手品を記号化という別の次元に落とすわけです。それを承知で巧妙な手品師は必ず種明かしを公表した後で、実は手品の中にもう1つのマジックを潜り込ませることによって、記号化をマジックへと再転化させます。

 よくある学内試験用の経済学の問題で、問題文の中にまったく関係がない式や言葉を入れると、多くの受験生が初めて見た式や言葉につまづき、大きく正答率が下がるというものがあります。
 実際に、まったく関係がない言葉や式なので解答には必要ないし無視すればよいのだけどそういった教育を受けてこなかったら最後まで悩んで試験時間は終了してしまうでしょう。こうした言葉の挿入、つまり「プラスの呪縛」で正答率をコントロールするのは男性的ですが、同様に、肝心な言葉をあえて省く、言葉の脱落という「マイナスの呪縛」があります。
 「マイナスの呪縛」とは、その言葉を聞くと、それ以降はその言葉でしか見えなくなる、だからあえてその言葉は記述しない、まさに樋口一葉の世界観で、言葉を脱落させているから、そこに読者が言葉を埋めようとして社会性が産出されるのです。恋なんて一言も記述する必要はないのです。

 実は、『らくらくマクロ』はケインズ経済学を語っているのに、1度も『ショートサイド原理』という言葉を記述していないのです。あえて、その言葉を意識的に脱落させることによって、無理やりショートサイド原理なんだと説得させることが、表現を豊かにさせました。
 一見、へんな解き方をしている!?というように見えるところもありますが、ショートサイド原理を極力活かしているので辻褄が合うはずです。
 
 

2017年12月26日火曜日

谷崎潤一郎『春琴抄』 ー再掲

谷崎潤一郎『春琴抄』
人生最大の教科書であり、これから国際社会に挑戦する学生に紹介する推薦本の1つです。
谷崎ほど、経済をとらえ、描いた人は他にはいません。特に春琴抄は開港、いわゆる近代日本のグローバル化がもたらした時代背景をあまりに美しい日本語で表現しています。


 多くの読者は、この小説の美しさに惑わされ、背後の時代背景を読むことはしないでしょう。もちろん、その必要もありません。

佐助の失明は、日本が開港した時であり、その後、佐助と春琴は光のあたらない桃源郷へ到達します。

 経済的に言えば、グローバル化によって、没落したのは鵙屋であるということ。薬問屋はもともと海外との交流を許可されていた企業であり、グローバル化によって没落するのは同じグローバル企業。そして、「大阪」という伝統的な巨大なマーケットが裁定取引や流通システムに敗北したのです。
 夫婦という絆を基礎とした日本文化は、グローバル化ごときではビクともしない強靭なものでした。

 さらに、もっとも生産性が高い組織は「夫婦」(婚姻とは限らない。「家」と言っても良い)であること。たぶん、佐助はその後達人になったのであろうけど、それは佐助と春琴の間から生成された統合的な力であって、そのどちらか一方ではないということ。

 モノが創造されるところは光があたらない場所であり、あまりにおぞましく、一般の人は見ない方が良いところでもあります。


2017年9月1日金曜日

『らくらく経済学入門』入稿完了。9月末に販売へ

9月末には販売できると思います。

 らくらく創刊から11年分の原稿と、20年間の受講生の質問のデータなどを久しぶりに見直す良い機会にもなりました。

 さすがに11年にもなると、世間では「この問題はこの公式で解くんだ!」という一種の公式のように固定化された解法テクニックになったものがありますが、実際には私と受験生の間で、「こうしたらどうか?」「それがダメならこういった解き方でも可能じゃないか?」と試行錯誤しながら、作り出したものが多くあります(経済学の公式ではない)。
 
 言葉というのは、今では「国語」のような人工語が世界的に一般的に使われていますが、もともとは家族の中で産出されるものです。または、マルクス=エンゲルスやドゥルーズ=ガタリのように複数人の語りから産出されるというものもあります(これは拍手の原理で、片方の手では音が出ないが、両手をたたくことに音を発する=言葉ができる)。
 そこに、人工的でなく、何かを要約したものや刷りなおしたものでもなく、本物の活き活きとした原液に近い言葉が存在します。

 改めて、私と受験生との間で、数学や経済学を通じて家族としての繋がりがあったということを自覚しました。
  信念を貫き通した人の記憶が刻まれています。本当にありがとうございました。





2017年5月5日金曜日

らくらく宅建塾

 週刊住宅新聞の主力商品と言えば、「らくらく宅建塾」だと思うのですが、新聞記事にはそれが出ていないし不思議だと思ったら、すでに別会社(著者の会社)に移行していました。
「らくらく宅建塾」 出版社:宅建学院
https://www.amazon.co.jp/2017/dp/4909084010/ref=dp_ob_title_bk

 この本の表紙があまりにインパクトがあって、まさに資格試験の代表格のような存在で書店に並んでいたんです。今は、結構落ち着いた表紙のようです。

  twitter利用のトランプ大統領は、マスコミを通じることなく、国民へは自分から直接、報告するということを示唆していました。確かにそれが可能なネット環境になってきています。
 同様に、著者が出版社を通さないで自分で出版できるような環境になってきていることもいえますね。個人的には、基本書のような場合は、中間に出版社が入って編集や営業など専門家集団が入ることについては否定しません。ただし、レジュメのようなものはダイレクトに配布できた方が良いでしょう。

 らくらく経済学入門の行方ですが、自分で出版するというのも選択肢の1つですが、真に読者を第一に考えるような出版社があれば、そこに移行することになると思います。


2017年5月4日木曜日

週刊住宅新聞と資格図書

なぜ不動産専門誌が資格図書を?と現在の受験生には少し疑問があるはずです。

 日本経済が成長していた90年代まで、「資格」の代表は宅建でした。宅建は年間・万単位で需要があるのでこれを軸に予備校や出版社が利益計画を行っていたのです。
 もう1つが「簿記」です。PCソフト会計世代にはピンと来ないと思いますが、これも手作業で事務を行っていた時代には欠かせない必須の資格でした。

 なぜ週刊住宅に「経済学」が?というものも、90年代に人気があった資格、不動産鑑定士2次試験の勝負科目が「経済学」だったからです。
 この不動産鑑定士試験は、受験期間が長かった司法試験受験生が収入確保のために受験する人が多く、また宅建合格者はもちろん、司法書士合格者も受験するケースが多かったので、予備校としては営業しやすい分野でもありました。

 今の資格試験図書や予備校が直面している状況はアメリカでも同様です。

 アメリカには90年代まで秘書育成の短大が各地にありました。(地方では、この学校に行けば、ブラインドタッチでタイプライターが打てるようになれるというCMがよく流れていました。) それがパソコン世代に代わり、姿を消したものや、時代に合せて変化したものが見られます。

 今、チアは日本が強いようですが、アメリカが強かった時代はチアの強豪校と僻地の短大の広告活動はかなり密接な関係を持っている場合がありました。この僻地の短大というのは日本で言えば実技資格の予備校や商業高校に近い、秘書育成の学校です(もちろん、そこから4年生大学に編入する人も多くいます)。
 しかし、今では、かつては政治力が強かったチアの強豪校ですら10年以上チアのサイトが止まっているところもあります。逆に中国人留学生を集めようとフロントページが中華色に変化しているものもあります。
 僻地にとって、学校経営は唯一のビジネスなのです。

2017年5月2日火曜日

書籍が購入できない等の問い合わせが増えていたのですが、

理由がわかりました。
https://www.shukan-jutaku.com/jigyouteishi/

「らくらく」は永久に不滅です^^
書籍が購入できないという受験生への対応は検討中です。
(プレミアが付いてさらに入手困難になると思われます。)

2017年2月5日日曜日

マティス国防長官、その愛読書はマルクス・アウレリウス『自省録』

人生を国家に捧げた軍人・マティス国防長官の愛読書「自省録」が紹介されてから、いきなり売り上げが伸びているようですが、この本をしばしば読むという社会人はいると思います。

この本には、現実を見つめるという姿勢が見受けられます。
http://www.honyaclub.com/shop/g/g12313937/













「現実を見る」ということは非常に難しいということは以前もお話ししました。
http://keizaimori3.blogspot.jp/2016/10/blog-post_22.html

大人は、現実を直視できなくなり、他人の価値観に支配され、フィルターをかけていない、ナマのもの、本質が見えなくなっていきます。それは無理な物語にしてみたり、因果関係を設定したり、ほとんど自分の思考とはかけ離れたものです。

直視することは犠牲も大きいけれど、それを突破してはじめて未来への橋渡しができます。

映画『with honors 』,(邦題:きっと忘れない)の中で、サイモンがモンティに送ったメッセージ、ここにもその言葉が含まれています。







2017年1月29日日曜日

「作品」はどこから産出されるか?

大学生が読む思想家の著作には、マルクス=エンゲルス、ドゥルーズ=ガタリ、ネグり=ハートのような2人の共著があります。

これは1人の人間が描く世界感ではなく、2人の間、つまり安定性ない状況の中から作品が孕むと考えても良いでしょう。(ゲーム論的には3人、三角形構造になれば安定しますが)


同じ作家業でも、最適な言語を見つけるような翻訳業は共同作業が難しい仕事の1つであり、完成度が高くてもなかなか評価されません。
しかし、最適な言語を見つけるわけでもない思想書が2人の共著がうまくいくにはいろいろな理由もあります。

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日本はモノづくりの国であるが、もともとモノづくりをする人の多くは自尊心を満足するためにやっているので、共同でやったり、手伝ったりすることが苦手な人がいて、どういったプロセスで力を合わせて完成させていくのか、そのマネジメントが極めて難しく、企業の頭痛の種でもあります。

そう考えると、2人の巨匠が協同で作業をするとなるとその自尊心のぶつかり合いの激しさを増すように思われますが、実は、そのレベルに達するとすでに「言論」の領域を超えるので、ほとんど凌ぎはなくなると思われます。

不安定であって、伝えたいことがあるけど、それに該当する適切な言語が存在しない。
そこで、ようやく伝えるためにモノを作ったり、何らかのパフォーマンスをするわけです。
モノをつくるために、モノを作る。こうした二重構造(二重創作性)があることも言えるでしょう。

つまり、2人での共著というのは、そこには言語化させていない多くの財が交換されているのです。これは、夫婦や家族間で交換される財も同様で、そこをいかに読むかがまた楽しみの1つでもあります。

人類は言語を習得する前に、数を数えたり、算術的な発想を持っていたと言われているので、突き詰めれば、今後さらに、思想も数学的な道へと入っていくと思われます。

数字は無限にあり、見えて認識できるのはほんの一部に過ぎません。




























2016年12月31日土曜日

大つごもり

大つごもり、

いつも大晦日には、樋口一葉を思い出します。













樋口一葉は近代小説の最も有名な作者ですが、現代のように「国語」を書き話す世の中では味わうことができない、本来の美しい日本語の音を紡いでいます。

この音にふれ、読んだり、研究しようとすると、本来の勉強が手が付かなくなるほどの破壊力をもっているので、試験に合格して時間に余裕があるときに読んでみることをすすめます。

「うつせみ」あたりは、日本人女性はこれほどまでに美しいのか、と引き込まれ、戻ってこれなくなるほどの威力を感じます。


そして、樋口一葉が読めるというだけで、貴方の人生は読まなかった人よりも豊かなものになるはずです。
そんな勉強の機会をつくり、チャンスを与えてくれた親に感謝です。

2016年10月15日土曜日

どうして企業は倒産するのか?

どうして企業は倒産するのか?

もっとも顕著に見られる例がベストセラー倒産です。
たくさん本が売れれば利益があがりますが、経営者はもっと儲かりたいと思って過剰な投資を行ってしまい資金繰りが悪化してしまうというものです。

需要というものを創出することはなかなか難しく、さらにそれを維持することはとてもたいへんです。
そして、過剰な投資の分までを支えることはさらに難しくなるはずです。

恐竜が大きくなりすぎた自分の体を環境の変化に対応できなくなり絶滅していったことと同様です。
また、良かった時の記憶はなかなか消えるものではないので、再びそれが実現できると思うこともあるでしょう。


もし、現役の学生ならば通っている大学で最も優秀だと言われている教授に質問してほしい。
「10年後にどのようなビジネスが成功していると思いますか?」と。

私はかなり長い年月、いろいろな大学教員にこの質問をしてきました。
もちろん、10年前に「ゲームの実況をしている者が成功するだろう」と言った人は1人もいません。



この本は20年前に出版されました。
1円なので一読しても良いでしょう。

20年前は、これからの時代は流通大手が躍進すると考えていたようです。
ここで取り上げられている企業はその後どうなったのか?
皆さんは歴史をまざまざと見ることになるでしょう。


2016年10月2日日曜日

海の者たち、陸の者たち

日本国内に住んでいると気が付きませんが、海外に出ると自分たちは「海の者」であることに気が付くでしょう。

陸の者たちは明らかに考え方が異なります。(もちろん、表裏一体ではありますが)

陸の者、もっとも大陸的な思考の入門と言えるのは安倍公房かもしれません。













広大な海上を支配した英国は、その統治システムにあらゆるアイディアが盛り込まれましたが、広大な陸上でもモンゴル帝国によるアイディアがロシアへと引き繋がれ発展した統治システムが存在しています。

現在の大学文系で、露文をやろうと思っても早大か外語大くらいでしか学べなくなったので、学生時代にこうした大陸系の思考を学ばないで、国際社会に出てしまって大きな落とし穴にはまる危険性もあります。
(それでも、日本企業は資源取引の関係で、社会に出てからロシア圏との接触が増え、学ぶ機会が多いので、大陸系思考は政府よりも企業の方が強力であったりもします。日本企業は資源確保のために世界中との関係を持つので誰もが欲しがる優れた製品を創出することが可能なのです。また、最近は英米と同様にドイツ留学も増えているので、さまざまな価値観を共有できる学生も育っています。)


そして、
英知の結集であるはずの西側先進国がどうしていつも致命的なミスをしてしまうのか?
どうして宗教観の衝突や武力投入がおさまらないのか?

簡単には回答が出せない理由も見えてくるでしょう。


日本は「ものづくり」の国と言っても、どこの国でもモノをつくっているわけで、現行の日本製品が特殊なのはインテグラル型(統合型)の製品が多く、それは宇宙全体を1つと観る思想が根付いているからに他なりません。某国のようにモジュラー型(組立型)のアーキテクチャーはヒエラルキー的で個別性が強く、日本製品とは明らかに視座が異なることがわかるはずです。



「惑星ソラリス」(タルコフスキー監督のもの。リメイク版は不要です。)もそのあたりを学習するには良い教材です。


2016年9月30日金曜日

日本の大学文系は課題が多い。

どうして日本の大学文系はレベルが低いのか?
この理由の1つが、人文科学系が未発達、もっとも重要な学問である「哲学」が文学部の1学科に納まっているといった理由があります。

戦後、日本は製造業に力を注いだので理系が中心となったこと、
アメリカの大学教育は宗教・思想と結びついているので人文系、リベラル・アーツ系が人気がある、文学・法律・経済・社会・数学・物理・天文・生物・思想・歴史など一通りすべてを学習した後で哲学をようやく学ぶことができる、
つまり学問は1つに集約されるのですが、日本の大学文系ではその工程が異なっている状態です(大学はあくまで研究機関であり、大学と宗教のつながりがないため)。

留学経験がなく公務員になって、留学後にまず「哲学philosophy」の講義を受け、かなり衝撃を受けるはずです。経済学をマスターしたのならなおさらその衝撃は大きいはずです。
(今でもお願いして「聴講」させてもらうのも良いでしょう)

日本がこれから製造業中心国から投資大国へ変化するにあたって、必須となるのは法律や経済ではなく人文科学になります。(もちろん、人文科学をマスターするために法律も経済の学習も終了しておく必要がありますが。)

そういった背景もあって、公務員試験改革が進んでいる過程だと思われます。
(英国もドイツもそうだけど、日本もアメリカに無理に合せようとしているのでかなりの歪みが出ているのも確かです)


●今、個別に学んでいる勉強は社会に出ると1つになります。→例(科学の法則を簿記的に考えて、数学的に記述し、文学的な語り方で発表する。)

●今、分類している国も民族も1つとして考えるようになります。→ 陸上ではなく、海上を基準に世界を見るようになります。

●お金儲けに関心がなくなります。→ お金以外のモノをたくさん交換するようになるため。











2016年9月28日水曜日

祖母100歳、ファイターズのユニフォームで式典に出席するとのこと。

まったく健康な祖母は100歳になるので、町から祝いがあり、ファイターズのユニフォームで式典に出席するとのことのようです。

人生は苦行の連続なので、100年も生きようものなら相当な記憶の呪縛に押しつぶされてしまうのではないだろうか?と思う人も多いでしょう。

しかし、100歳の祖母の記憶、現在、よみがえって話すことの大半は若い時代の外国で暮らしていた日々のものです。
祖父は海外で仕事をしていたので、祖母は終戦まで海外で暮らしています。


その時、祖母は言葉が通じなかった外国で、現地の人たちとコミュニケーションが達成された時のうれしい記憶が100歳まで生々しく生き残っているのです。

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ナポレオン戦争を境に、世界は国民という意識が高まり、列強諸国で「国語」という人工語を習得させられるようになりました。今でも、訓練によって習得した言語と記憶が密接に結びついてしまっているので、どうしても言語習得前の記憶がよみがえってきません。
(三島由紀夫や村上春樹の作品で出てくるような言語習得前の記憶、海外の有名な作品、たとえば「羊たちの沈黙」「Perfume」にもそれが出てくることがあります。そこに本来の自分の立ち位置があるのです。)付け加えると、死ぬ寸前まで自然界には存在しない人工語、人工的な財である貨幣、人工的な群れ(会社)などの呪縛からなかなか解放されないのです。



言葉を獲得する前の記憶がよみがえるきっかけがあるかもしれませんが、そんな機会はない人の方が多いでしょう。しかし、その記憶が必ず五感のどこかにあるということは忘れてはなりません。

そして、家族の名前すら忘れてしまっても、言語以外のコミュニケーションの記憶だけは死ぬまで残るということを祖母は教えてくれます。






















2016年9月15日木曜日

予備校の黄金時代

 「らくらく経済学入門」は、週刊住宅新聞社という出版社からでています。
この出版社は以前は高田馬場にあって、同じく高田馬場にあった当時、某大手予備校の(元)人気講師の本を主に出版しています。

 今とは時代が異なり、資格試験関連の予備校の黄金時代で、ライブ講義で普通に1教室300人超集めていましたから、いかに同じ時間を大勢で共有していたのかわかります。
 
 司法試験講座には神様とまで呼ばれたスーパースター講師がいました。
 その講師以外で300人教室を瞬間蒸発で満員にできるのは、自分しかいないはずだと自信を持っていたのですが、実は私以上に黒山の人だかりの講師がいて、誰だ!と思ったら、社労士講座の秋保先生でした。

質問の順番待ちで並ぶ受講生の長蛇の行列が忘れられない。


 
秋保雅男 
週刊住宅新聞社 




 そこの予備校は、全盛期には宅建講座には万単位の数の受講生がいて、講師もかなり高い水準の人が多かったようです。

 優秀な講師は司法試験にすぐに合格してしまっていなくなり、入れ替わる講師もまた翌年には司法試験に合格確実のような人がすぐに見つかるほど人材も豊富な時代があったのです。

 その優秀な講師陣として、



宅建学院
現在は名前は出していないようですが、宅建の受験本では最も有名な人です。
週刊住宅新聞社の屋台骨かも。





宅建の講師は、かなり多彩で、ナニワ金融道の青木雄二先生もそこの宅建の講師でした。

青木雄二
三栄書房






 その他、実務界であった大物の中で「若い時にあそこで宅建の講師をしていた」という人に何人かあったことがあります。特に弁護士の人は多いでしょう。
 資格用の予備校ができる前は、司法試験の受験生はガードマンなどのアルバイトをしていたというのが一般的でしたが、この時代では「宅建の講師」や不動産鑑定士などへと代わっていきました。

 宅建講座に関して、正攻法ではとても勝てないので他の予備校のユニークな講座も目立った時でもあります。

最後に、自分のも載せておきますか(笑)



茂木喜久雄
週刊住宅新聞社









こんな顔ぶれです。

それに今も現役の司法試験のカリスマ(神様)講師を加えてみてください。

現在の学生諸君は、
こんな予備校があったら、行ってみたくなりますかね?

今の状況に譬えると、ポケモンGOで公園に集まるようなものだと想定してみるとわかりやすいかもしれません。








 ちなみに、その出版社の人や編集者、デザイナー、予備校の講師などであふれていた店も、やはり高田馬場の近くにあります。(当時は高田馬場駅前の芳林堂書店が入っているビルの地下にありました。)

最近も行くことがありますが、やはりいかにもクリエイターの人は見当たらなくなりました(笑)。

 新宿ゴールデン街や神保町にもクリエイターみたいな人がたくさんいますが、それぞれ少し方向性は異なります。



2016年8月27日土曜日

読書をすること=新しい人と出会うこと(再掲)

 私はこれまで小学2年生から大学4年生、社会人というほとんどの年齢の学生を指導し、学力的にもあらゆる偏差値の学生と接してきました。その中で感じたことは、学校教育で付せられた学力の順位は関係なく、みんな潜在的な能力自体はほとんど変わりがないということです。何か意味のない順位を付けられているだけです。

 ただ異なっている部分が1つあります。それはいかに多くの人と接してきたのか?=(または)多くの本を読んできたのか?=(または)いかに多くの経験を通過してきたのか?という点です。

 経験は年齢とともに嫌でも増えていきます。不思議なことに中学校時代に苦手だった科目も大人になると、自分の子どもが苦労している問題が簡単に見えてくるものです。

 私たち日本人は、もともと勉学とは、「読み、書き、そろばん」のみで、その他のことは、自然界から学んできました。

 自然と接する機会が少なくなった今日で、短期間で学力を著しく拡大する方法は、読書習慣を身につけ、読書量を増やすことです。読書と言うのはある程度の集中力も必要だし、慣れていないと辛い作業です。しかし、慣れてくると、ドンドン新しい知識が身に付くし、短い時間で多様な価値観に触れることができます。

 大学のゼミなどで強制的に年間150冊読まされるところもあるようですが、上場企業の幹部クラスは忙しくても年間200冊以上、役人も200冊以上はじっくりでなくても読んでいると思いますので、できれば時間が自由である大学生なら1日1冊を目標にしてもらいたいものです。

 とりあえず、2週間で1冊、次に1週間で1冊、これくらいのペースから始めて年間100冊を目標にしましょう。

○最後まで読み終えるという読書スタイルを身につけよう。

 「読書」というと、学校教育の延長で退屈なものという印象を持つ人もいるでしょう。実際に読書を好む教員は義務教育ではほとんど皆無であり、国語のテストのための技術として処理されてきたはずです。まずは、読書を楽しむために、一気に読む=最後まで読み切る、という読書習慣をつけましょう。どんな本でも構いません。ハリーポッターでも村上春樹でも。

2016年3月5日土曜日

ゴルゴ13 『穀物戦争』

海外へ進出している経営者と話をすると、ゴルゴ13『穀物戦争』の話題が出ることがありました。

今では、海外への進出はほとんど抵抗がなく可能となりましたが、まだまだ難しかった時代に、この1冊が大きな自信を与えたと思われます。


2016年2月23日火曜日

中学生の人生を変えた1冊 『入江塾の秘密』

中学生時代、地方の書店でこの1冊に出会って人生が変わりました。


 入江塾は基本的なことを繰り返し、繰り返し、それでも繰り返しやらせる勉強法。それを東大生や灘高の学生らと一緒にやるものだからかなり信頼できる学習法だと子供でも気が付くのです。 と言うと、なんだ普通の塾じゃん!と思うはずですが、いやいや塾そのものではなく、この本が当時、あまりに衝撃的だったのです。

 ※入江塾の塾生が使っている問題集は各科目1、2冊しかなく( え?それで灘高や東大に入れるの?って驚かれるかもしれませんが…)、 それを繰り返し何度もやるからボロボロになっているんです。校内にはガムテープが設置され、ボロボロになった問題集やノートの補強用に使われていました。

 ※1冊の問題集を、完走した受験生と途中で挫折した受験生の差が勝敗を決するのは明らかです。
完走するためには独自の解法テクニックや独自の暗記法、汎化させる必要があり、そこが非常に大きいと感じます。

※注: すべて35年前のお話です。

2016年2月14日日曜日

小学生を指導した経験は極めて重要

大学生で塾講のバイトをされる人は多いと思いますが、機会があれば、小学生の集団授業にチャレンジしてほしいと思います。

講師の板書を見れば、その講師が小学生の指導を行った経験があるかどうかがすぐに判明できます。

大人が考える黒板の横の長さと、子供から見える横の長さではまったく距離感が異なります。したがって、板書の情報が子供のノートにどのように変換され描かれるのかを計算して板書構成をしなければなりません。(例えば、子供に風景を描かせると、人間が小さくて空が大きすぎるものになります。)
有名学習塾(小学部)の子どもたちのノートを見てほしいです。

小学生のための学習塾は驚くべきアイディアが満載されています。


別の視点から言えば、
東京ドームに野球に観戦に行った大人たちは野球を観ないでオーロラビジョン(巨大ディスプレイ)を観ています。すでに、視覚が矯正されているので生(ナマ)の野球を観ることができなくなっているんです。
しかし、子供たちは野球を生(ナマ)で観ることができます。







2016年2月13日土曜日

コミュニケーション能力とかが論点になっているって、どういうことなのか?

コミュニケーション能力とかが論点になっている世の中って、一体どうなっているのか?
とつくづく考えます。

今や、ネット世界になって、それはまさに檻の中にいるような閉鎖的で、出所がわからない情報に左右され、同じ価値観、同じ文化、同じ方向を見ている人たちだけのコミュニティが形成されるために、コミュニケーション能力とか交渉とかは無くてもよくなっているのでしょうか。















交渉と言えば、
アメリカで部屋を借りるとき、何だかものすごい交渉を行った記憶があります。
異文化で、まったく価値観が違う外国人に、はたして部屋を貸し、同居するだろうか?
(もちろん、家賃が高かったり、外国人用のアパートならその苦労はありません。)

ボストンで、交渉に、交渉を重ねて、ようやく見つけたのが、下の建物の3F、家賃は月280ドル、大家は政府の職員で、何でも相談にのってくれて即断即決の人でした(マサチューセッツ州政府のポスターになっていた人なので偉い人かもしれない…)。












ボストンの家賃を知っていれば、月280ドルと書いて、ケタが間違っているよ!と注意されるかもしれませんが、確かに280ドルでした。敷金も礼金もなく、長期契約もありません。

しかし、外国人がこういう場所を探すのに、並大抵ではない努力をしなければなりません。
危機的状況で頼みになる中国、韓国、ベトナム、タイ、インド、モンゴル、アラブ系、そして海上で仕事をしている人たちからの情報を集めました。当時は、インターネットも整備されていないし、中国は今のように経済成長していなかったので、貧しい留学生が多く、だからこそ強力な空き部屋のネットワークを持っていました。意外に敵国同士のドイツやイタリア人も協力してくれることがありました。

ニューヨークでも同じような経験をしましたが、やはり都市部での生活って、こういった交渉の苦労があり、それをクリアしなければそこの市民になれないというハードルがあるような気がします。

現在、グローバル社会で求められている人材って、この「クリアできる人」たちのことです(英語の能力はほとんど関係ありません)。